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オーストラリアに移住するまでは日本で塾を経営していた。幼稚園児には情操教育、小学生には国語と算数と英語、中学生には数学と英語、そして書道教室と英会話教室と幅広く教えていた。英会話教室では、アメリカ人の先生を5,6人パートタイムで雇用していたので、オーストラリアに移住してきたときには、自分は英語は問題ないと信じていた。
ところが、銀行で新規口座を開設するのに冷や汗をかき、郵便局で私書箱を借りるのに冷や汗をかき、自分の英語が通じないことに大ショックを受けた。どうして?????アメリカ人の先生たちとはコミュニケーションが取れたのに・・・・・・
結局、アメリカ人の先生たちは日本に住んでいる期間が長かったため、日本人のつたない英語でも理解できる忍耐強さと知恵を持っていたのだ。それがわかって、ダブルショック!すっかり自信をなくしてしまった。
そのショックから這い上がるために、ヒアリングをすれば英語を話せるようになると日本で宣伝されていたのを思い出し、さっそくテレビとラジオにかじりつきになった。が、知っている英語は聞き取れても、知らない英語は聞き取れない・・・・・
ワーホリや留学生たちと交わる中で、皆が口をそろえて英語学校の授業では英語を話せるようにならない・・・・・と言っているのを聞いて、英会話中心の学校を作ることを決心した。そして、日本人が本当に英語を話せるようになるための研究がスタートした。 つづく・・・ |