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霊魂の旅
前回人間の本質は魂であると書きましたが、魂とは一体何なのだろう。
大辞林の辞書で調べてみると “魂とは人の肉体に宿り、生命を持ち、心の働きをつかさどると考えられているもの。 肉体から離れても存在し、死後も不滅で祖霊を経て神霊になるとされている。 霊魂。 又自然の万物に宿り霊的な働きをすると考えられている物を含めて言う場合もある” と書いてある。
今回は魂はどこから来て、どこに行くのか、魂の本質とは何なのかを考えていきたいと思います。
先ず我々人間は現界(三次元又は地球界)という肉体と言う衣を脱いで“死”を迎えますと地球を取り巻いている“幽現界”に入っていきます。
ここに行く時は人によって違うのでしょうが、 息子のワタルが亡くなったときに家内が白昼夢的に見たのは、 ワタルが暗いトンネルを真っ裸で仰向けに泳ぐようにしてそのトンネルを通ってまぶしく白銀色に光る場所に出て行った、と言う事でした。 ですからこの白銀色に光る場所が“幽現界”と呼ぶ所なのでしょう。
通常の霊魂はここに来て約49日間(仏教以外の他の宗教では40日間と言う宗教も有ります)地球人として生きてきた時の垢(執着)を取り除いたり、 苦しみぬいて死んだ状態の癒しを行うためにとどまります。 この場所には死んだ人のごく身近な霊(たとえば両親、夫、妻、恋人、祖先の人たちや生前の守護霊だった高級霊)達が来てその人の為に助言をしたり、 病気や事故で傷ついた心や意識に癒しを行います。
この癒しを行う時に“聖なる水”を使って体(幽体)を洗い清めたり、聖なる水の中に全身をつけたりして、意識の中に残っている苦しみ、痛み、悲しみ、恐怖等のマイナー思考を洗い流すのです。
この聖なる水の流れを仏教では”三途の川”と呼んでいますが、他の宗教では川ではなく“聖なる湖とか聖なる池”と呼んでいます。 聖書に出てくるヨハネのバプテスマ(頭から水をかぶる洗礼式)もこれの類ではないかと思われます。
そして地球時間の49日目に仏教ではこの日に納骨式を行いお墓に骨を埋めます。 これは幽現界に於いて 病気や事故で苦しんで亡くなった人達がパニックから立ち直り、落ち着いた状態に成るまでの期間を49日間に定めているからです。
ところが、この幽現界には生前、霊的世界を信じないまま死んだ魂、 死後も自らの死を受け入れられない魂、 お金持ちや物持ちあるいは社会的に地位のあった為にこの世に強い執着を持っている霊、 自殺して現世に生きている人に恨みを持ちつづけたり、 自分が死んでいることを家族の霊やエンジェル達がいくら説得しても理解していない霊魂達はこの幽現界にとどまって、 自分自身が作っている重くて暗い意識の中で現世とのかかわりを持ち続けています。
幽霊や呪縛霊と呼ばれるのはこの人たちです。 つまり霊的世界を信じないまま死んだ“未浄化霊”達です。
さて49日間で完全に落ち着いた魂は幽界に上っていきます。 この幽界は多くの層に分かれています、つまり魂自体の霊格によって層が分けられています。 霊核が高ければ高い層、低ければ低い層へ行くことになります。 通常言われている天国、地獄はこの階層の上下の違いだと思います。 高い層はとても明るく、下の層に行くほど暗くなりますのでこれを地獄と呼んでいるのかも知れません。
実際には天国はありますが、地獄などと言う物は一切ありません。 もし有るとすれば、それは一つ手前の幽現界に置いて、先に述べた”未浄化霊”の魂達が自分の意識で地獄を作り上げ、その中で閻魔様や羅卒、火の山、針の山などを勝手に作って苦しんでいるだけです。 他のまともな霊から見れば「あいつ何を一人で苦しんだふりをしているの」と言うことに成ります。
そして幽界に入ると、地球人として生まれてくる前の、 つまり魂として天上界にいた時、あるいは前世、過去世と言う自分自身が経験してきたことを徐々に思い出していきます。
もちろん今世、地球人として生まれてから死ぬまで 何をどのようにして生きてきたかの反省もハイヤーセルフと一緒に行います。
これは過去世において魂としての自分の弱い部分を直すために、今世地球人として生まれてくる前に魂の仲間(ソウルメイト)や守護霊(ハイヤーセルフ、ガーディアンとも言う)達と生まれてから死ぬまでの人生設計、特に弱い部分を埋めるための障害物{人間関係の恋愛、親子問題、友人関係等、あるいは金銭トラブル、病気、事故等}をあらかじめある程度まで決めて生まれてきます。
そして このある程度決めてくることの中には、とても重要なことを必ず決めてくる事があります。それは両親を選んで、決めてくると言うことです。
親が子供を選択するのではなく、自分自身が親を選択して生まれてくるのです。
ですから 自分の持っている短所(弱点)をもう一度良く見直してみると良く分かります。 同じ部分を両親が必ず持っていて、その部分をもろに見せられると両親に対する反抗心が出ていたはずです。
つまり自分の持っている短所の部分を持っている夫婦を魂の勉強の為に選んで生まれるのです。 全てを決めずにある程度と言うのは、人間は自由選択と言うものを神からもらっています。 全て決めてきたのでは障害物にぶつかった時に何の勉強にもなりませんし、只のロボットと同じです。
つまり全ての人生が運命と言う物に支配されて、何をどう決めても同じ答えしか出口が無いことになります。 人間には自由選択の意思というものが誰にでも与えられています。
ですから 障害物自体はある程度決められていますが、その障害物にぶつかった時に どの出口を選ぶかが今世に生まれてきた課題であり、その人の自由意思なのです。
そこで幽界に入ってきた時に、どれだけうまく障害物を潜り抜けてきたか、映画を見るように自分の人生を細かい部分まで見せられ、反省しながら勉強するのです。
幽界において自分自身である魂の本質を十分に理解が出来たら、今度は霊界に戻って(上って)いきます。 この過程は“第2の死”とも呼ばれていますが、霊界に上っていく時には今まで持っていた幽体も脱ぎ捨てていきます。 つまり意識の集合体である魂として上っていきます。
簡単に書いていますがこの段階に来るまでには地球時間ではとても長い気の遠くなるほどの時間が掛かります。
幽体(エーテル体)は地球人として生きていた時の姿をそのまま持続、あるいは自分が一番好きだった年齢の時の姿を意識によってとることが出来ます。 ですから亡くなったお母さん、あるいはお父さんの若かった時の姿が見えたりするのです。
霊界に戻ると言うことは本来の魂である我々が超宇宙意識の神によって魂として作られた時から生活している場所であり故郷なのです。 この霊界に戻ると我々の魂は自分と同じ考え方、捉え方をしている本当の仲間である魂たちの集合体(言い方を変えると自分と同じレベルの人たちばかりが集まって暮している村)に戻ります。 これを “類魂” と呼んでいます。
もう少し分かり易く説明しますと、 “類魂“とはちょうどブドウの木になっているブドウの房を想像してください。 ブドウの一房が一つの類魂で、その一房の中の一粒の実がポトリと地上に落ちて地球人として育ちます。 このブドウの木には沢山のブドウの房が実っています。 そして房ごとに色も、甘味そしてつやも違い、ブドウの実(個々の魂)の出来具合が違います。 つまりこれがレベルになるわけです。 そして房の元には枝(我々魂たちの教師である守護霊)がありこの枝は木(高級霊であるハイヤーレベル)につながりその木は大地(超宇宙意識)に根をおろしエネルギーを吸収しています。
我々は神である超宇宙意識と完全に繋がっており又、我々の経験は全て神の経験にもなっているのです。
そして 我々が地球人として生まれた一生の経験をこの類魂に戻ると、残っていた類魂の仲間達は同時に同じ経験を積んだことになり、類魂としてデベロップしていくのです。 ですから一房のブドウの実から落ちた一粒の実には房に残っている他の魂たちが背後霊としていつも応援しているのです。
そして又地球人、あるいは他の星の生命体に生まれ変わる時はこの霊界から出て行くのです。
我々が地球に誕生して 今、現在生きていると言うことは一人一人がこの”類魂”から選ばれた代表者たちばかりなのです。 そして前述したように神といつも繋がっており、神と同じ力を発揮できるのです。 只、やり方を忘れているだけです。 そしてこのやり方を思い出すカギは 《自分を信じる力と集中力》だけです。
自分を信じて、決して自分をけなしたり、卑下したりしないで下さい。
貴方は代表者であり選ばれた魂であることを忘れないで下さい。
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