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プロフィール
 
テッド・岡
Ted Oka
出身:東京都
在豪:20年
その他
ホテルマネージャーとしてのマニラ時代の約10年間フィリッピンの心霊治療を勉強、シドニーでの心霊治療活動15年の実績を持つ。
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2006年11月26日(日) テーマ: その他 (紹介したいこと)
スピリチュアル講座 第2話 『 霊魂の旅 』

 霊魂の旅

前回人間の本質は魂であると書きましたが、魂とは一体何なのだろう。

大辞林の辞書で調べてみると “魂とは人の肉体に宿り、生命を持ち、心の働きをつかさどると考えられているもの。  肉体から離れても存在し、死後も不滅で祖霊を経て神霊になるとされている。  霊魂。 又自然の万物に宿り霊的な働きをすると考えられている物を含めて言う場合もある” と書いてある。

今回は魂はどこから来て、どこに行くのか、魂の本質とは何なのかを考えていきたいと思います。
先ず我々人間は現界(三次元又は地球界)という肉体と言う衣を脱いで“死”を迎えますと地球を取り巻いている“幽現界”に入っていきます。

ここに行く時は人によって違うのでしょうが、  息子のワタルが亡くなったときに家内が白昼夢的に見たのは、 ワタルが暗いトンネルを真っ裸で仰向けに泳ぐようにしてそのトンネルを通ってまぶしく白銀色に光る場所に出て行った、と言う事でした。                          ですからこの白銀色に光る場所が“幽現界”と呼ぶ所なのでしょう。

通常の霊魂はここに来て約49日間(仏教以外の他の宗教では40日間と言う宗教も有ります)地球人として生きてきた時の垢(執着)を取り除いたり、 苦しみぬいて死んだ状態の癒しを行うためにとどまります。                                                      この場所には死んだ人のごく身近な霊(たとえば両親、夫、妻、恋人、祖先の人たちや生前の守護霊だった高級霊)達が来てその人の為に助言をしたり、 病気や事故で傷ついた心や意識に癒しを行います。

この癒しを行う時に“聖なる水”を使って体(幽体)を洗い清めたり、聖なる水の中に全身をつけたりして、意識の中に残っている苦しみ、痛み、悲しみ、恐怖等のマイナー思考を洗い流すのです。

この聖なる水の流れを仏教では”三途の川”と呼んでいますが、他の宗教では川ではなく“聖なる湖とか聖なる池”と呼んでいます。 聖書に出てくるヨハネのバプテスマ(頭から水をかぶる洗礼式)もこれの類ではないかと思われます。
そして地球時間の49日目に仏教ではこの日に納骨式を行いお墓に骨を埋めます。 これは幽現界に於いて 病気や事故で苦しんで亡くなった人達がパニックから立ち直り、落ち着いた状態に成るまでの期間を49日間に定めているからです。

ところが、この幽現界には生前、霊的世界を信じないまま死んだ魂、 死後も自らの死を受け入れられない魂、 お金持ちや物持ちあるいは社会的に地位のあった為にこの世に強い執着を持っている霊、 自殺して現世に生きている人に恨みを持ちつづけたり、 自分が死んでいることを家族の霊やエンジェル達がいくら説得しても理解していない霊魂達はこの幽現界にとどまって、 自分自身が作っている重くて暗い意識の中で現世とのかかわりを持ち続けています。
幽霊や呪縛霊と呼ばれるのはこの人たちです。 つまり霊的世界を信じないまま死んだ“未浄化霊”達です。

さて49日間で完全に落ち着いた魂は幽界に上っていきます。 この幽界は多くの層に分かれています、つまり魂自体の霊格によって層が分けられています。 霊核が高ければ高い層、低ければ低い層へ行くことになります。                                            通常言われている天国、地獄はこの階層の上下の違いだと思います。 高い層はとても明るく、下の層に行くほど暗くなりますのでこれを地獄と呼んでいるのかも知れません。

実際には天国はありますが、地獄などと言う物は一切ありません。 もし有るとすれば、それは一つ手前の幽現界に置いて、先に述べた”未浄化霊”の魂達が自分の意識で地獄を作り上げ、その中で閻魔様や羅卒、火の山、針の山などを勝手に作って苦しんでいるだけです。 他のまともな霊から見れば「あいつ何を一人で苦しんだふりをしているの」と言うことに成ります。

そして幽界に入ると、地球人として生まれてくる前の、 つまり魂として天上界にいた時、あるいは前世、過去世と言う自分自身が経験してきたことを徐々に思い出していきます。
もちろん今世、地球人として生まれてから死ぬまで 何をどのようにして生きてきたかの反省もハイヤーセルフと一緒に行います。
これは過去世において魂としての自分の弱い部分を直すために、今世地球人として生まれてくる前に魂の仲間(ソウルメイト)や守護霊(ハイヤーセルフ、ガーディアンとも言う)達と生まれてから死ぬまでの人生設計、特に弱い部分を埋めるための障害物{人間関係の恋愛、親子問題、友人関係等、あるいは金銭トラブル、病気、事故等}をあらかじめある程度まで決めて生まれてきます。
そして このある程度決めてくることの中には、とても重要なことを必ず決めてくる事があります。それは両親を選んで、決めてくると言うことです。
親が子供を選択するのではなく、自分自身が親を選択して生まれてくるのです。
ですから 自分の持っている短所(弱点)をもう一度良く見直してみると良く分かります。 同じ部分を両親が必ず持っていて、その部分をもろに見せられると両親に対する反抗心が出ていたはずです。           

つまり自分の持っている短所の部分を持っている夫婦を魂の勉強の為に選んで生まれるのです。  全てを決めずにある程度と言うのは、人間は自由選択と言うものを神からもらっています。 全て決めてきたのでは障害物にぶつかった時に何の勉強にもなりませんし、只のロボットと同じです。

つまり全ての人生が運命と言う物に支配されて、何をどう決めても同じ答えしか出口が無いことになります。 人間には自由選択の意思というものが誰にでも与えられています。

ですから 障害物自体はある程度決められていますが、その障害物にぶつかった時に どの出口を選ぶかが今世に生まれてきた課題であり、その人の自由意思なのです。
そこで幽界に入ってきた時に、どれだけうまく障害物を潜り抜けてきたか、映画を見るように自分の人生を細かい部分まで見せられ、反省しながら勉強するのです。

幽界において自分自身である魂の本質を十分に理解が出来たら、今度は霊界に戻って(上って)いきます。 この過程は“第2の死”とも呼ばれていますが、霊界に上っていく時には今まで持っていた幽体も脱ぎ捨てていきます。 つまり意識の集合体である魂として上っていきます。
簡単に書いていますがこの段階に来るまでには地球時間ではとても長い気の遠くなるほどの時間が掛かります。

幽体(エーテル体)は地球人として生きていた時の姿をそのまま持続、あるいは自分が一番好きだった年齢の時の姿を意識によってとることが出来ます。 ですから亡くなったお母さん、あるいはお父さんの若かった時の姿が見えたりするのです。

霊界に戻ると言うことは本来の魂である我々が超宇宙意識の神によって魂として作られた時から生活している場所であり故郷なのです。 この霊界に戻ると我々の魂は自分と同じ考え方、捉え方をしている本当の仲間である魂たちの集合体(言い方を変えると自分と同じレベルの人たちばかりが集まって暮している村)に戻ります。  これを “類魂” と呼んでいます。
もう少し分かり易く説明しますと、 “類魂“とはちょうどブドウの木になっているブドウの房を想像してください。 ブドウの一房が一つの類魂で、その一房の中の一粒の実がポトリと地上に落ちて地球人として育ちます。  このブドウの木には沢山のブドウの房が実っています。 そして房ごとに色も、甘味そしてつやも違い、ブドウの実(個々の魂)の出来具合が違います。 つまりこれがレベルになるわけです。 そして房の元には枝(我々魂たちの教師である守護霊)がありこの枝は木(高級霊であるハイヤーレベル)につながりその木は大地(超宇宙意識)に根をおろしエネルギーを吸収しています。

 我々は神である超宇宙意識と完全に繋がっており又、我々の経験は全て神の経験にもなっているのです。
そして 我々が地球人として生まれた一生の経験をこの類魂に戻ると、残っていた類魂の仲間達は同時に同じ経験を積んだことになり、類魂としてデベロップしていくのです。            ですから一房のブドウの実から落ちた一粒の実には房に残っている他の魂たちが背後霊としていつも応援しているのです。
そして又地球人、あるいは他の星の生命体に生まれ変わる時はこの霊界から出て行くのです。

我々が地球に誕生して 今、現在生きていると言うことは一人一人がこの”類魂”から選ばれた代表者たちばかりなのです。 そして前述したように神といつも繋がっており、神と同じ力を発揮できるのです。 只、やり方を忘れているだけです。 そしてこのやり方を思い出すカギは 《自分を信じる力と集中力》だけです。

自分を信じて、決して自分をけなしたり、卑下したりしないで下さい。 

貴方は代表者であり選ばれた魂であることを忘れないで下さい。

更新日時:2006-11-26 04:07:14 閲覧数:4916 件 コメントを読む 8 件 | コメントを書く
 
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私も同感です。 emily
初めて読むました。まったく同感です。死は怖いものでもないでし、又幽界にいくのはとても素晴らしい事だと思います。私は時々はやくあちらのお世界に帰りたいと思う事があります。でも生きる事は勉強ですからしっかりといきないといけないと自分にいいきかせる事もあります。
書込日時:2009-10-12 02:34:24 編集用パスワード:
自分を愛し自分以外のものを愛することとは? 平井
自己が存在し得るのです。つまり、自己の存在には実体性がないという ことを認識すると同時に「支えてもらっているからこそ自己が存在し得る のだ」を認識することが大切です。自分の人生を肯定的にできるのも 周りの支えがあればこそです。ならば、「支える自分」も認識されることにも なり、それを自意識ではなく自己充足として他者を支える心と行動を取ることは受けているものは与えるという当然の人間心理です。 愛とは対象との隔たりを超えて無くす熱意の心です。結果は求めてならないものです。結果を期待しないからこそ愛として認められる筋合いの心のあり方の問題なのです。
書込日時:2007-04-04 23:02:51 編集用パスワード:
自分を愛し自分以外のものをあいすることとは? 平井
現行の規定文字数がOverしてしまい途中切れとなりましたので追伸します。 このような自己愛者にある心理の根底には誇大化した自己イメージを抱くが、しかしながら、真に自己に自信が無く実体性が無いことに内心は気付いている。故に人がどう評価して居るか気になる。つまり、この自己愛は 自己充足でなく他者による充足という依存的存在となってしまう所に問題がある。 3.正しい自己愛:ーE.フロム(社会学者)は「自分を愛することが出来ない者がどうして人を愛することが出来るか」 「自分を愛するとは、自分自身の 人生、幸福、成長、自由を肯定すること」と述べている。自己を愛するとは 自己賛美や陶酔或いは、自己中心的でななく自分を大切にし(自己確立) 自分の人生を前広に価値あるものとして信じることです。肯定的な自己評価を持つことが「心の余裕」となり他人へ目が向き他人の心を汲み取り 同化できる共感を共有する心理に転じることが可能となるのです。この汲み取りと共感の無い愛は形骸化し「仏作って魂入れず」となる。 4.支えられている自分:-自己愛になったら人は愛せない、人を愛することが先、だが並大抵ではない。とのご意見がありますが、その通りです。 然しながら、私たちは生まれてから今日まで、そして、今後も宇宙、自然、 動植物、社会、家族、友人知人、物質等々総てに関係を夫々が持ち合う なかで自
書込日時:2007-04-04 22:42:10 編集用パスワード:
自分を愛し自分以外のものを愛することとは? 平井
僭越ながら岡さんの「自分を愛せない者は人を愛せない」ということにつて補足説明をさせて頂きます。 1.本能としての自己愛:   知覚、情動は人間の「心」の動き。人間の脳は三層で構成されている。   即ち、幹脳 (原始的な爬虫類の脳) 大脳辺縁系(鳥類や下等乳類の   脳)そして、大脳新皮質(高等哺乳類)です。人間の一番古い原始脳で  ある幹脳は個の生存を司る本能としての食欲、性欲、縄張り、群生、危  険回避、攻撃などの本能そのものを司る。大脳辺縁系(中脳)は主とし   て情動を現し、動物でも持っている。  嫌悪、愛着、喜び、悲しみ、で、   人は生まれてから数ヶ月で他人とは違う自己の存在を意識し幼児期   (三歳まで)の間に「自我意識」構成される。 この自我意識の中核が   自己愛です。つまり、人間は生来「自分を一番に愛する」生き物なので   す。 2.間違った自己愛:   いわゆる「自己チユウー」で自分のことしか関心がない個人主義傾斜、   「自益的認知」即ち、自己に都合の良い主観的な見方による認知の   ゆがみ、「自意識」注意や関心が常に自分に向けられていることを   望む心理で人より優れていることに関心がある。その他「自己頚示」   「自尊心」などで、こういった心理的性質が健常でなない状態である   ことは間違った自己愛であるといえる。 このよう
書込日時:2007-04-04 21:31:09 編集用パスワード:
自分を愛すること ひとし
岡さんのコメントを見て、「自分を愛すること」が大切だと知りましたが、自分としては、自分を愛する以前に、他人を愛せよという考えがあります。 自分を愛することは簡単です。自分ではある程度自分のことを知っているからです。 でも、自分とは全く違う他人を受け入れ、愛することはかなり大変だと思うのです。 自分のことばかり愛していたら、他人の事など考えられなくなるのではないかということです。 ですので、自分を愛する前に、他人を愛することが大切だと思うのです。
書込日時:2007-01-22 08:23:10 編集用パスワード:
自分を好きになる ted oka
和子さん。自分に自信を持つには自分のことをもっともっと好きになることです.そして自分を沢山誉めてあげてください、貴方は短所の部分を嫌っていますが短所が有って初めて長所が生きてくることを覚えてください。神の存在を信じているならば”神”ハ自分自身をけなす事、あるいは卑下することを一番の罪悪としています、そして神が何よりも喜ぶことは自分自身をどれだけ愛せるか、自分さえも愛せない人が他人を心から愛することは出来ません。
書込日時:2006-12-16 11:29:28 編集用パスワード:
人間の本質 佐川
人を貶したり、見下したりするなと言われて育ち、そのこと自体を、『やってはいけないこと』という認識でいたものの、そうではなく、『自分を大事にするように人も大切にしなさい』ということだったのかと、最近は漠然と、親が言わんとしていた真意はこういうことではないのか?と、感じるようになりました。自分を大切にするというのは、厳しく律していくだけでも、甘やかすだけでもなく、バランスの難しいところですが、それはそれぞれ自分を取り巻く他人、一人一人との付き合い方、それぞれの人との距離感と類似しているようにも感じます。シンプルですけど、難しいのは、一人一人特性が異なるからだと思うのですが、そういう意味で、一人一人、精神世界の観点を岡さんの手記によって知り、個々人が活用することで、もっともっと心豊かに暮らしていける気がします。そうすれば犯罪も虐待もしたくなくなると思うのです。次回の早期アップ、楽しみにしてます!
書込日時:2006-12-16 09:20:29 編集用パスワード:
忘れん坊・・・ まゆみ
待ってました、第2弾。今の私にとっては、本当にこのトピックはとってもタイムリーで、やっぱり守護霊達が「ほらほら、今アクセスして」って言ってくれたのを感じられたのかもしれません。少しずつそういう偶然じゃない事が多くなって行って、少しずつ落ち着いて行けるんだとうと、やっと考えられるようになって来た気がします。しかしまだまだ、すっかりこの「やり方を忘れている」状態なのかなあ~と思う事が多いんですが、岡さんがおっしゃるように自分を信じるように心掛けますね!
書込日時:2006-12-07 19:15:50 編集用パスワード:
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