10月の出張前にVol.5 を発行するつもりが、結局帰国後になってしまいました・・。
今回は日本で体験した「氣圧療法」に関してお話します。
はじめ「氣」と「健康」に関する様々なセミナーを行っています。
氣圧療法を受けるのは、昨年5月以来2回目です。この療法は、体の不調があるところを「氣」で圧します。つまり氣の指圧といえるのではないでしょうか。でも通常の指圧のように、力を入れて押すことはありません。なぜ指圧のように押さないかというと、「水を撒くホースが凍った状態に力を入れて押すと、中の氷だけでなくホースも痛めることになるが、暖めて柔らかくすると元に戻る」との発想で、凝った筋肉=凍ったホース、暖める=氣で圧する、ということのようです。私の印象は、指を使うレイキでした。天と地と交流して自分の体を水の流れるホースのように氣を指先から流すそうです。これは、自分の中の氣を使わず宇宙の良いエネルギー(氣)を、自分の体をチャネルとして相手に送るレイキと共通点があります。
氣圧療法を行う上で、大切な「心身統一の四大原則」というものがあります。
1) 臍下(せいか=へその下)の一点に心を静め統一する
2) 全身の力を完全に抜く
3) 身体の全ての部分の重みをその最下部におく
4) 氣をだす
かなり難しそうに聞こえますが、この中で一つでも出来れば、他は自然とできるようになるとのことです。私は、この四大原則の中で (1)と(2)が特に大切なように感じました。心を静めて体の力を抜いている状態は、様々なことに対応できるとても強い心身の状態と思えるのです。現代社会では毎日、大なり小なりストレスを感じことがありますが、「臍下の一点に心を静めて統一する」を実行してみると、まわりで起こっている出来事に対して感情的にならずストレスを感じたとしても軽いもので済みます。
「臍下丹田」という言葉は、合氣道の稽古などを通して使いますが、「臍下の一点」という言葉は
この氣圧療法で初めて耳にしました。療法士の方からの説明によると、臍下丹田は、へその下の
狭いけれども面になっている部分をさすので、意識するとそこに力が入ってしまう。しかし、臍下の一点は、へその下というか、恥骨の上辺りの本当に小さな点をイメージするそうです。点であることで意識をそこにおいても、力むことは無いそうです。私は結構納得したのですが、皆さんはいかがですか?
今回、療法を受けた際には自分で氣圧が出来るように自己氣圧のやり方を中心に教えていただきました。その中で行った氣の実験はとても興味深いものでした。皆さんもご家族やお友達と試してみてください。文章でどこまで忠実に再現できるか、努力します!
まず、私が自分の手のひらを軽く頭に載せます。療法士が私の手を頭からはずそうとすると
簡単に外れます。次に、今度は外されないようにと、腕に力を入れます。かなり疲れますが外されてしまいました。最後に「頭をかいてください」と言われたので、ポリポリと頭をかいているところを(この時、頭をかく手は止めずにかき続けてください)、療法士が私の手を頭から外そうとしましたが、私は力を入れていないのに外れませんでした。この「頭をかく」という単純な動作を通して私の指から氣が出ているので外れなかったとの事です。また、体の前に腕を伸ばして療法士が肘のところで私の腕を肩の方へ曲げようとします。普通に軽く腕を出していると曲がりますが、少しは離れた壁に掛かっているカレンダーを指差している状態のときは曲がりませんでした。(指から出ている氣が壁まで到達しているので曲がらなかった!) 更に、言葉で「できない」と言ったときは腕が曲がり、「できる」と言ったときは曲がりませんでした。これは氣と「言霊(ことだま)」が一緒に作用しているようです。
氣圧療法を教える方は、残念ながらオーストラリアにはいないようですが、藤平光一先生の著書『氣と健康』(氣の研究会)にかなり詳しいイラスト&写真が掲載されています。シドニーの大きな書店では、武道のセクションに英語版の『KIATSU』 が置いてあるのを何度か見たことがあります。
藤平先生の教えの中には「心が体を動かす」という言葉があります。私は、この言葉が好きで、職場の自分のデスクの前に貼ってあります。心で「嫌だ、やりたくない」と思っていることは本当に氣がすすまず、体も動きません。ですから、そのような感情が出てきた時に、臍下の一点に静めるようにイメージをすると、体が動くような感覚を何度も味わいました。この感覚が「心身統一」なのかな、と思い始めています。
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